■ 見えない遠隔作用

量子力学の世界では,その基本概念がその誕生以前の物理学(これを古典物理学と呼ぶ)と大きく異なる部分が多く,様々な論争を引き起こした。波動と粒子の2重性やシュレディンガーの猫(観測問題)が代表的であろう。意外と知られていない事実として,量子力学での遠隔相互作用(非局所的相互作用)がある。これは電子スピンの一重項状態の観測結果によって確認されるが,量子力学創設当初は,観測結果の予測をめぐって大きな議論を引き起こした。概要は以下の通りである。

量子力学では2粒子系などの複合系を取り扱う時,角運動量を合成する。ある粒子の軌道角運動量Lと他粒子のスピン角運動量Sを合成することもできる(J=L+S)し,ある粒子のスピン角運動量S1と他粒子のスピン角運動量S2を合成することもできる。ここでは,粒子として電子を考え,各スピン(上向き +1/2, 下向き -1/2)の合成した結果をSで表す。
S = S1 + S2

合成の結果,Sのとりうる値は+1か0であるが,その合成された系のZ軸成分Mは+1,0, -1の3種類をとりうる。組み合わせとして以下の4種類の状態が考えられる。

① |S=1,M=1>
② |S=1,M=0>
③ |S=1,M= -1>
④ |S=0,M=0>

④の状態をスピン一重項,すなわち全スピンSがゼロの状態
(スピン+1/2と スピン-1/2の合成された状態)と呼び,それは次のように状態表示される。

|S=0,M=0> = (|Z+,Z- > - |Z-,Z+ >)/√2

ここで,|Z+,Z- >は,Z軸に対して電子1がスピン上向き状態で電子2がスピン下向き状態であることを意味する。|Z-,Z+ >はその反対に,電子1が下向き,電子2が上向き状態である。
一方の電子のスピン成分を測定することを考える。複合系(スピン一重項状態の系)が|Z+,Z- >にある確率も|Z-,Z+ >にある確率も等しいので,上向きないし下向きのスピンが得られる割合は明らかに50対50である。しかし,複合系の一つ,例えば電子1が上向きであると分かったら,電子2は必然的に下向き状態にあり,その逆も成り立つ。つまり,電子1のスピン成分が上向きであることが示された時,測定装置は上の式の第一項|Z+,Z- >を選び出している。引き続き電子2のスピン成分を測定すれば,複合系の状態ケットは|Z+,Z- >であることを確認するだけであり,そのスピンの値はマイナス(下向き)に違いないのである。
驚くべきことは,二つの粒子が飛び離れていく時にスピン状態の変化がないとしたら,2粒子が十分に遠くに離れて互いに相互作用をしないようになっても,こうした相関関係が保たれていることである。電子2は,十分遠くに離れていても,あたかも電子1のスピン成分がどう測定されるのかを知っているかのようにその反対の値をとるのである。

当時の多くの物理学者はスピン相関の測定に関する量子力学の上記解釈に不満であった。その代表選手はアインシュタインであり,彼は,現在はEPR論文(Einstein, Podolsky and Rosen)と呼ばれる論文を公にし,量子力学は不完全であると主張し,その是非をめぐってのボーアと論争(1935年,EPR論争)を繰広げた。その中でアインシュタインは,次のような局所性原理を仮定する必要性を強調した。“しかし私の考えでは,絶対に固持しなければならない一つの仮定がある。それは,系Aの真の実際の状況は,空間的に遠く離れた別の系Bで何がなされるかには依存しないということである。”(注;空間的に遠いとは,系Aと系Bをほぼ同時に測定した場合に,系Bの測定結果が光のスピードを越えるような時間内には系Aには伝達されない,それほど遠くに系Aと系Bは離れている,ということ)

何人かの当時の物理学者は,スピン測定に関する量子力学の困難はその確率解釈に起因するものであり,“隠れた変数”を導入することにより“量子力学に代わる理論”を構築すれば困難は解消されると考えた。しかし,当時は2つの異なる理論を実験的に検証する方法も示すことはできず,また,新理論に基づく実験結果も量子力学の予測と一致するものと考えられており,すべての論争は単に形而上学の領域に属するものであった。

ところが1964年に事情は一変した。この年,ジョン・ベルは,アインシュタインの局所性原理に基づいた“量子力学に代わる理論”を構築したとしても,そこでは,スピン相関実験の観測量の間に,一つの実際に試すことのできる不等式関係(ベルの不等式)を予測することができ,それは量子力学の予測とは一致しない ことを論文として発表した。つまり,2つの理論は実験的に相違が検証できることが指摘されたのである。そして,1981年にフランスの物理学者アラン・アスぺのグループによって一連の実験が行われ,その結果,量子力学の正しさが示されたのである。

以上を要約すると,量子力学は不完全であるというアインシュタイン等の主張はしりぞけられ,併せてその論拠のもととなったアインシュタインの局所性原理は正しくない,つまり,非局所的な相互作用(遠隔相互作用)が存在することが最終的に確認されたのである。決着を見るまでには,EPR論文が提出されてから約50年という実に長い歳月が必要であった。

スピン一重項による遠隔作用を用いて,現実の世界において巨視的に離れた2拠点A,B間で超光速な通信手段は可能であろうか?こんなことができれば大発明だろうが,どうも大半の意見は不可能ということのようだ。理由は,A地点での測定結果はB地点に瞬時には伝わるが,A地点での測定結果が全くランダムであり,値の出現(Z+またはZ-)順序をコントロールできないことにある。従って,B地点に送られる情報に意味を持たすことができない。Bにとっては単に意味のない値が並んでいるだけである。

それにも拘わらず,量子易学ではA,B間での遠隔相互作用を仮定する。Aは自己の無意識場であり,Bは集合的無意識場である。そして,スピン一重項を構成する粒子は電子ではなくエバネッセント光子凝集体というのが量子易学の基本的枠組みである。これが成立するのは,量子易学が相手にするのは集合的無意識場であり,その実体としては光子の真空状態の一種と考えるからである。

(2001年11月25日;第一版 Copyright 寒泉)